年収の壁とは?6つの壁の詳細と、議論されている内容を徹底解説

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#用語解説
岸田総理は2023年3月に年収の壁の見直しを表明しました。そもそも年収の壁とはどのようなものでしょうか?

賃金の上昇が人手不足を加速させている側面のある年収の壁は、増大する社会保険の問題と表裏一体でもあります。 社会負担の問題のみならず、人手不足問題にも関係する年収の壁について解説します。

年収の壁問題とは

年収の壁問題とは年収の壁問題とは、パート従業員などが一定の年収を超えると、税金や社会保険などの社会的負担が生じて手取りが減る、という問題です。年収の壁は複数存在しており、壁を超える毎に負担が増えます。

一定の所得があると発生する社会的負担は、主に住民税(地方税)、所得税(国税)、社会保険の3種類に分けられます。 年収の壁は「住民税」「所得税」「社会保険」の3種類を、発生する金額とともに並べると分かりやすくなります。

年収 住民税 所得税 社会保険
100万円未満 なし なし なし
100万円超 課税あり なし なし
103万円超 課税あり 課税あり なし
106万円超 課税あり 課税あり 条件により負担あり
130万円超 課税あり 課税あり 負担あり

  以下に各段階年収の壁の詳細を記しました。この中で特に問題となるのは、手取り金額が大きく減少する106万円と130万円の壁です。

【年収100万円未満】税金・社会保険料の負担なし

年収100万円未満は「住民税」「所得税」「社会保険」の3種類の負担は生じません。ただし、一部自治体では年収93万円以上から住民税が課せられるため、住んでいる自治体への確認が必要です。

【年収100万円の壁】住民税が発生

年収100万円を超えると、居住する自治体に対し住民税(地方税)が発生します。年収100万円を境に社会的負担が増加することから、一般的に年収100万円が最初の年収の壁とされています。

ただし、年収100万円を超えたばかりの時の住民税は、自治体により多少の違いはあるもののおおむね数千円程度です。よって年収100万円の壁は、最初の壁としての存在感はある反面、それほど大きな負担は生じません。

【103万円の壁】住民税に加え所得税も発生

年収103万円を超えると、所得税が発生します。所得(給与所得)は、勤務先から受け取る給与から給与所得控除を差し引いて求められます。給与収入が162万5,000円以下の場合、55万円が控除されるため、年収103万円未満の場合、「103万円−55万円」で48万円が給与所得となります。

さらに一定所得内で誰でも受けられる基礎控除として48万円が控除されるため、この時点で所得はゼロとなります。逆に言うと、年収が103万円を超えると所得がゼロでなくなるため、そのはみ出た部分に関して所得税が生じることになります。

つまり、2つめの年収103万円の壁は所得税発生の壁です。 所得税は所得金額により税率が異なりますが、所得金額195万円以下の場合では所得税率は5%です。よって、年収103万円を若干超える程度であれば所得税の負担はさほど重くはありません(なお、2037年までは「復興特別所得税」として、さらに所得税額の2.1%が追加されます)。

【年収106万円の壁】社会保険の支払いの発生が生じるケースも

3つめの壁「年収106万円の壁」と4つめの壁「130万円の壁」は社会保険の壁です。社会保険の支払いは年収130万円超からの場合が多いものの、下記の5要件をすべて満たす場合は、年収130万円未満でも社会保険を支払う必要があります。

  • 就労している事業所の従業員が101人以上(2024年10月以降は51人以上)
  • 雇用期間が継続して2ヵ月を超える見込み
  • 1週間の所定労働時間が20時間以上
  • 賃金の月額が8.8万円以上
  • 学生ではない(夜間の学生などは対象)

106万円の壁超えで発生する負担額

年収106万円の壁を超えると発生する、パート従業員の負担金額(中小企業の多くが所属する協会けんぽで介護保険ありの場合)のイメージは下記となります。

標準報酬月額が88,000円(通勤手当や残業手当などを含めた「報酬月額」が83,000円~93,000円の場合)
参照:令和4年3月分(4月納付分)からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表(東京都)

健康保険料 約10,000円(折半額約5,000円)
厚生年金保険料 約16,000円(折半額約8,000円)
社会保険合計 約26,000円(折半額約13,000円)
ちなみに、東京は健康保険料10,076.0円・厚生年金保険料16,104.00円、大阪は健康保険料10,436.8円、厚生年金保険料16,104.00円であり若干の地域差があります。

106万円は最初の大きな壁

上記より、月あたり約13,000円の支払いが必要になります。月給88,000円とした場合、単純計算で月給の社会保険の負担が約15%にもなります。つまり、年収106万円の壁を超えた途端に手取り額が約15%減ることになります。

多く働くことで手取りが減るという逆転現象が起こるため、この壁の前で労働量を調整したいと考える人が多くなるのも頷けるでしょう。 年収106万の壁は負担感という観点でインパクトが大きいため、問題としてクローズアップされることが多くなります。

【年収130万円の壁】社会保険の支払いが必須に

年収130万円を超えると、社会保険の支払い義務が発生します。年収106万円の壁で社会保険負担を回避できた場合でも、年収130万円を境に、無条件で社会保険の負担が生じることになります。

なお、勤務先の社会保険に加入しない場合は、国民年金と国民健康保険に加入することになります。社会保険の場合は勤務先が5割を負担しますが、国民年金・国民健康保険は全額負担になるため、負担額はさらに倍になります。

かつての年収の壁問題は、基本的に130万円の壁の問題でした。しかし年収106万円からの社会保険支払いの対象が徐々に拡大しており、現在は年収106万円と年収130万円の壁はセットで考えられています。

所得税の控除も壁の要因に

年収の壁問題は所得控除(以下、配偶者控除・配偶者特別控除)とも関係します。前述の表に所得控除を追加したものが下記です。
年収 住民税 所得税 社会保険 所得控除
100万円未満 なし なし なし 配偶者控除あり
100万円超 課税あり なし なし 配偶者控除あり
103万円超 課税あり 課税あり なし 配偶者控除あり
106万円超 課税あり 課税あり 条件により負担あり 配偶者特別控除あり
130万円超 課税あり 課税あり 負担あり 配偶者特別控除あり
150万円超 課税あり 課税あり 負担あり 配偶者特別控除が段階的に減少
201万円超 課税あり 課税あり 負担あり 配偶者特別控除がなくなる
※なお、配偶者控除は世帯主の所得が900万円を超えると段階的に控除額が減り、1000万円を超えると控除はなくなります

【年収150万円の壁】配偶者特別控除が減少、【201万円の壁】でゼロに

配偶者控除は専業主婦を想定した制度であり、所得のない・少ない配偶者を持つ世帯主の税金を安くする制度です(配偶者特別控除は、配偶者控除の設定年収よりも配偶者の所得が大きい場合に適用される制度)。

配偶者特別控除は、年収150万円超で段階的減少があり、年収201万円を超えるとゼロになります。よって所得控除の観点で見ると、年収の壁は150万円と201万円にもあるといえます。

年収の壁で発生中の問題、賃金上昇で労働力不足に拍車がかかる事態に

年収の壁で発生中の問題、賃金上昇で労働力不足に拍車がかかる事態に現在の日本は少子高齢化により多くの業界で人手不足の状態です。しかし年収の壁の存在により、扶養に入っている方のパートやアルバイトの労働時間に上限が存在する状態にあります。そのなかでコロナ禍後の世界的な賃金上昇の一方、年収の壁の金額は変わっていません。

この結果、賃金の上昇により年収106万円・130万円の範囲内での労働可能時間が減少しており、アート・アルバイト不足に拍車がかかっている状態です。

年収の壁が女性の社会進出の妨げに

年収の壁の主因である配偶者控除は多くの場合、女性(専業主婦)が対象になるものです。しかし、年収の壁が存在することで女性の働く機会の減少にもなっており、「女性の社会進出」が叫ばれる中で、その大きな阻害要因になっているという指摘もあります。

政府が106万円・130万円の壁の見直し検討を表明

岸田総理は2023年3月に年収の壁問題の見直しに取り組むと表明しました。その際の記者会見で、「106万円、130万円の壁について、被雇用者が新たに106万円の壁を超えても手取りの逆転を生じさせない取り組みの支援などをまず導入し、さらに制度の見直しに取り組みます」と発言しています。
“岸田総理は会見で、こうした壁によって「働く時間を希望通り伸ばすことをためらうと世帯の所得が増えない」と指摘しました。

そのうえで、こうした「壁」を意識せず働けるよう「短時間労働者への被用者保険の適用拡大、最低賃金の引き上げに取り組む」と説明しました。”
参照:岸田総理 106万円・130万円の「年収の壁」 制度の見直しを表明

 議論の具体化はこれからですが、すでに与野党の一部からは、年収の壁を超えると生じる保険料負担を企業が肩代わりすれば企業にその分の助成金を出す、という案が出されています。た

だし本案では、同じパートでも単身者は助成されず扶養対象者は助成される、という不公平が生じます。また業務委託で働く場合も対象から外れます。どのような議論がなされるのか、今後の議論の行方が注目されます。

年収の壁問題の解決は社会保険適用の拡大と扶養廃止の二つが大きな方向か

年収の壁問題の解決方法は、「社会保険適用の拡大」か「扶養制度の廃止(第3号被保険者制度や配偶者控除制度)」の2つの大きな方向があります。すべての所得に対し社会保険の支払い義務が生じれば、理論上は年収の壁問題はなくなります(実現可能かどうかは別問題)。

また、年収の壁問題は扶養制度(社会保険料の支払い義務がないものの給付対象となっている第3号被保険者制度や配偶者控除制度)の存在と表裏一体にあります。よって、それら制度の撤廃でも年収の壁問題の解決がなされます。

「社会保険適用の拡大」と「扶養制度の廃止」はいずれも社会的な影響が大きいため、簡単に実現はできません。そのため、年収の壁解消には、「所得に対する社会保険適用の段階的拡大」か「扶養の優遇の段階的廃止」が2つの大きな方向となる可能性が考えられます。

年収の壁問題は増加する社会保険の問題でもある

年収の壁問題は増加する社会保険の問題でもある

すでに世界屈指の高齢化社会を迎えている日本ですが、人口ボリュームゾーンである団塊世代の高齢化もあり、さらに社会保険の負担増加が予想されています。そのため年収の壁問題は社会保険の支払い負担の問題、と考えることができます。

会社勤めのビジネスパーソンであれば給与明細の社会保険の金額、フリーランスなら毎月の社会保険の支払い額の多さにため息をつく方も多いのではないでしょうか。今後のさらなる負担増を心配する声も大きくなっています。

今後も高齢化社会が進むことを考えると、現在の社会保険制度を維持するには社会保険料の増額は免れないでしょう。年収の壁問題は、社会保険負担を回避したい働き手と社会保険制度をどう維持させるかのせめぎ合いの側面もあります。

年収の壁、今後の動向は

岸田総理が年収の壁の見直し検討を表明したのは2023年3月であり、2023年9月時点では議論の具体化はこれからです。しかし人手不足そして社会保険の増大は待ったなしの状態です。

政府でどのような議論がなされ、どのような見直しが行われるのか、年収の壁問題の今後の行方が注目されます。

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  • 記事を書いた人 石井 僚一

    大手証券グループ投資会社への勤務を経て、個人投資家・ライターに。株式及び為替などの金融・投資ライティングに加え、ビジネスライティングも手掛けている。Yahoo!トップページの掲載実績および書籍ライターの経験あり。証券外務員第一種資格保有。writer_ishii

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